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上海の街は・・・ "無断転載"
2005/4/28

静かです・・・・

捕まった人間の数が増え続けているので少しほっとしているrukinia事S藤です。

反日デモ、終わりましたねえ、一応。
デモ自体は近代社会としては認めざるを得ないことでしょうが、暴徒の取り締まりは必須でしょう。
そんな世界的批判から、何故かテレビ放映では画像がないことになっているはずなのに破壊行動を起こした人物たちが一説には画像から判断され次々としょっ引かれています。

う〜ん、中国政府の発表では少々のトラブルがあったが画像は存在していないはずなのになあ(笑)。

ナイス報道規制ですねえ。

で、今日、日本料理店最大の被害を受けた「味蔵」が再開しました。
セレモニーに行こうと思ったらいろんな関係者や各方面の方々がいらっしゃっていて一般人の私など入る余地が無いでやがんのであります。

ああ、お好み焼き食いたかった・・・・

仕方ないので週末まで待ちましょうか?
でも、その前に南京の記念日が近づいてるんだよなあ・・・

今週末も目が離せませんぞ!!


逃避行動!!?? "無断転載"
2005/4/13

ぐ、ここまでくればもう大丈夫だろう・・・

紅い国から迫害を受ける国の人rukinia事S藤です(笑)。

ふふふっ、貴様ら俺が日本人とは判るまい、山東省出身だから北京語しか話せないといえば信用するしか有るまい(にやり)。

てな感じで難を逃れてます。
中国残留孤児の文化大革命時代が痛いほどわかるような気がします。

大変だったのねえ・・・

まあ、上海もけが人は出たものの、死人までは出てないし、大使館の窓割られたくらいで日本料理屋やデパートは特に被害も出てないらしいからよしとするか? (Mineken: 上海、では???)
観光客もこっちにいる間は何があったか分かんなかったみたいだし。

こちらの国民の方々全部が悪いというわけではないものの、やっぱむかつくよね、ああいった行為は!
やるなら政府機関の大使館だけやってくれっての!

民間企業や観光客、留学生やその他民間人には罪ないのに。
ナショナリズム剥き出しでここぞとばかりに手出しするのはいかがなものかと。

でも、日本人で横浜の中国銀行襲った連中はもっと過激!?
良いのか銃撃って!!?? (Mineken: 金属BB弾です。)

このニュース見てから中国人ばかり責められなくなったね。

んな事言いながら嫁さんとコタツで茶などすすっておりました。
やっぱどっちもどっち?

さて、あなたはどう見る??


やすらかなる国から第三報 -自重するのも難しい- "無断転載"
2003/12/30

実は出張中から体調が悪いのを圧して旅をしてました。
タイに来てからは比較的落ち着いていたのが、再び悪化。
ゲロを吐くくらい激しく咳き込むことがある。
まぁ熱は無さそうだから例の肺炎ではあるまい。

なるべくホテルでおとなしくしていようと思うのだが、それでも被写体を前にするとなかなか早めには上がれない。
食事も、つい露天の物に手が伸びてしまう。
とりあえず夜歩きだけは自重して帰ってきました。

[ 広場の出店.jpg / 暮れ行く広場で食事.jpg ]

再見! 漁夫


やすらかなる国から第二報 -ブルジョア気分に浸れない- "無断転載"
2003/12/30

この季節はバンコクに訪れる観光客が多いようです。
年末年始に長期休暇のある国が日本以外にもあるかどうかは知りませんが、日本人以外の外国人も沢山います。

今は過ごし易い気候なので、その時期を狙ってバカンスを取っているのかもしれません。
気温は25℃くらいでしょうか? 湿度は低いようで、木陰で風に吹かれていると心地よいです。

そんな訳で観光客が多く、私の旅が直前で決まったので、なかなか空いているホテルが見つかりませんでした。
そして人伝でようやく探してもらったのがこのホテル。
会社で使うホテルよりも遥かに広いリビングなのに、寝室が別部屋になっていて、更にキッチンまで付いています。
電子レンジやステレオまであるし、テレビも各部屋1台。
こんな良い部屋に泊まったのは初めて。
なんか落ち着かないです。

確か100S$(シンガポールドル)程度という話だったはずだけど、US$の間違いという落ちは無いだろうな・・・

[ CapeHouse1.jpg / CapeHouse2.jpg ]

再見! 漁夫


やすらかなる国から第一報 -旧車好きになるかと思った- "無断転載"
2003/12/29

さてタイからの第一報。
昨日までカンチャナブリというところでホームステイしていました。

会社の人の知り合いの親戚(つまりは赤の他人)の家で厄介になっていました。
出迎えて案内してくれたのは娘さん。(20代独身!)
そして年代物のディフェンダー!!

40年以上前の車だって。
リア扉は無いし、塗装も剥げまくりで状態は良いとはいえないけど、それでも現役で使ってる。
しかも若い女の子が運転してる。
惚れちゃうよね。
いろいろと連れて行ってもらったけど、この車のことが一番印象に残っているような・・・
自分でも運転しちゃったし。
*タイではこんな車が沢山走っているわけではありません。
というか、この車ダントツで古いです。
道行く車の多くは綺麗な新車です。(日本車が多い)
さて今日からはバンコクでホテル住まい。
これからが本当の一人旅。
どうなることか。

[ 旧車と若い女の子.jpg / 旧車in車庫.jpg ]

再見! 漁夫


デジカメマニアの戯言 -何にでも利点はあるもんだ- "無断転載"
2003/12/3

とても便利な液晶モニター。
デジカメの利点の大半は、これが有ってこそ活かされると言えるでしょう。
撮影は普通これを使いますね。(非一眼の話ね)
でも、流し撮りとなると欠点が浮き彫りに。
CCDで受けた光を画像処理してから映すから、どうしてもタイムラグが有るんですね。
さらにそれにレリーズタイムラグが加わると結構バカにならない差が出ます。
それと撮影中+αの時間ブラックアウトするんですね。
これらが流し撮りには凄く邪魔。

そんな訳で流し撮りの時にはもっぱ光学ファインダを使っていました。
これならタイムラグはないし、ブラックアウトもしない。
もちろん色々な問題はあるけどね。
でもタイミング命の流し撮りには、液晶モニターよりも遣りやすいと思います。

話は変わって高倍率ズーム機では光学ファインダーの代わりに液晶ビューファインダーが搭載されています。
これならパララックスどころか視野率100%(のやつが多い)、露出やホワイトバランスも反映されるし、各種情報も表示される。
しかも日中でも見やすい。
正直羨ましかった。
でも、いざ使ってみて気が付いた。(使う前に気付って言われそうだが)
これって単に日中でも見易い液晶モニターだ。
欠点も同じ。
流し撮りし難いんだよね。

で、これが付いているカメラには当然ながら光学モニターは付いてない。
打つ手無し。
仕方がないから背面の液晶モニターで撮ってました。
今回はフレームアウト写真が目立つ。

でも考えたら一眼のファインダーだってミラーアップ中は見えないわけだよね?

見直したぜ光学ファインダー(非一眼)。

ホットシューに付けるスコープみたいな小物が有ったっけ?
それを試してみるか。

No0_1a.jpg
No0_1b.jpg
No12_3.jpg

再見! 漁夫
※ 本文と添付写真に直接の関係はありません。


デジカメマニアの戯言 -白い車は嫌いだ- "無断転載"
2003/11/30

いい加減に画素数や小型化競争は止めて、カメラの基本性能の向上に努めて欲しいもんです。(ハイエンドモデルの話ね。小型モデルはどんどん小型化して欲しい)
ここで言っている基本性能はAFとか絞りとかレンズとか使い勝手とかのことね。

一番何とかして欲しいのはダイナミックレンジ。
個人的には2/3型の400万画素を今の技術で作り直して欲しいな。
ほんとはFoveonX3が魅力的。
それなら200万画素でいいかも。

いや、ほんとに辛いんですよ、ダイナミックレンジの限界が。
白い車と背景の露出が両立できないんですね。
よほどアンダーに撮らないとメイン被写体の車が白飛びしちゃう。
白い車が嫌いに、と言うより恐怖症気味です。(本当は飛んでも誤魔化せる白よりも、誤魔化しようのない黄色が怖い。でも黄色い車は今回いなかったので取り敢えず放免)

幸い今回のイベントはTop3がスバルの青だったので助かったけど。

No2_1a.jpg
No2_2a.jpg
No3_1.jpg
No3_3a.jpg

再見! 漁夫


デジカメマニアの戯言 -それは認めてやろう- "無断転載"
2003/11/29

一眼レフデジカメの基本性能は、一番安いやつ(03/11/29現在)だとしてもコンパクト系デジカメとは一線を画しているということを知りました。

向かってくる車にAFがちゃんと合うんだよね。
かたやほぼ同じ値段のコンパクト系(とは言い難いサイズだが)デジカメはAFが間に合いませんでした。
クラス最速とか謳っているくせに。

ま、この場合は置きピンで問題ないんだけど。
被写界深度も深いしね。

とは言え被写界深度の浅さも羨ましい。
被写体と背景の分離ができてるもんな。
縮小した画像じゃピントから外れたボケか、流し撮りのブレかが分からないかもしれんが。

ついでに褒めておくと、3:2の縦横比も画にし易いね。
これは私のカメラでも設定できるし、PC上でトリミングでも同じだけど。

体力と覚悟があるなら手だよな。

一眼01Front.jpg
一眼10Front.jpg
一眼12Front.jpg
一眼13Front.jpg

再見! 漁夫


世界トップは伊達じゃない "無断転載"
2003/11/28

今年もまた行ってきましたアルペンラリー。
もっとも今回はアルペンワールドラリーミーティングと称して、ラリー形式ではなく走行会って感じで行われました。
それでも今回は今年のWRCチャンピオンが来たんだから盛り上がるというものです。
世界の頂点の実力ってやつを目の当たりにしてきました。

今回の観戦ポイント選びも、友人の眼力と運が発揮されて最高の場所でした。
ゴール直前の最終コーナーですが・・・どう説明したら良いかな?
下りに分岐するY字路の鋭角部分をコーナーにしてるんだけど・・・写真を参照して。

[ 1_最終コーナー.jpg / 2_順路.jpg ]

このコーナー、ヘアピンカーブと言うよりはUターン。
普通に走ったら曲がりきれないほどきつい。
実際、競技車以外は切り返して曲がってたし、失敗する競技車も何台も。
「WRカーなら160Km/hからフルブレーキ。リアを流してターンする」とかって解説されてたかな?
スピードは遅くなるけど迫力のある観戦ポイントです。

この日は観客の熱狂が伝わったのか、派手にケツを流してくれたり、手を振ってアピールしてくれたりとサービス満点でした。

しかし何と言っても凄かったのがチャンピオンの最後の走り。
私はもちろん最後の流し撮りチャンスをモノにしようと、気合いを入れて構えてたら、予想外の動きでフレームアウト。

[ 3_予想図.jpg / 4_えっ!?.jpg ]

左カーブを曲がらずに、真っ直ぐこっちに突っ込んで来たかと思うと、目の前でドーナツターンって言うの? タイヤ滑らせて右回りで1回転半(たぶん)。
道にタイヤの跡と観客の大声援を残してゴールへと走り去っていきました。

[ 5_大歓声を後に.jpg ]

最前列で撮影していた私は、そのパフォーマンスの最中カメラを抱えて のけ反っていました。
写真を撮るどころじゃなかったです。

[ 6_ミステリーサークル.jpg ]

タイヤの跡を見れば分かるとおり、道幅には余裕無し。
でもチャンピオンにとっては、失敗する事なんて考えられないお遊びなんだね。
競技後の広場でのパフォーマンス走行でも、ドアを開けて体を乗り出しながらグリグリとケツを流して回ってたし。
いわゆる、車を自分の体の一部のように扱えるってやつですね。
普通に走ったときも、素人目がファインダー越しに見てても他とは一線を画す走りでした。
やっぱり世界のトップクラスというのは凄いんですね。

いやぁ、今回のイベントが今までで一番楽しかった。
私が写真のことも書かずに、こんな内容を書いていることがそれを表してます。
もちろん写真のことについても言いたいことが色々と有りましたので、それは次からのメールで。

再見! 漁夫


南の時間はゆったりと(下) "無断転載"
2003/11/16

華南 出張報告の続きです。
仕事は中国本土だったけど、帰りは香港からのフライトでした。
本土から香港への移動日も一日取ってあったので、香港観光ができました。

香港も日本からはメジャーな観光先だけど、私は今回が初めて。
初めて見る香港は、イメージと全然違ってて、やはり ゆったりとした時の流れと、歴史を感じさせるところでした。
平日のためか他の観光客は ほとんどなく、住民も老人や まだ学校に通う年齢に満たない子供がいるくらいで、ほんとに静かな穏やかな雰囲気でした。

香港の伝統的な集落は「圍」と呼ばれ、レンガなどの壁で集落全体を囲っています。
当然、外敵から身を守るために作られた物でしょう。
イギリス統治前の歴史は知りませんが、ここも戦乱と無縁ではなかったようです。
その防護壁も時を重ね、周りの緑豊かな山に溶け込んで良い感じでした。

返って本土よりも中国の伝統が残っているのも面白いところです。
イギリスの支配下に在ったため、文革の影響がなかったのでしょう。
神を祀る習慣が色濃く残っています。
どの圍の門にも必ず神(仏?)が祀られており、家々の扉にもお札や線香のような物が飾られています。
圍外の道の脇にも いくつもの祠が ひっそりと佇んでおり、これにも最近線香などを供えた跡が残っていました。

老圍門.jpg
老圍内.jpg
圍を繋ぐ道.jpg
東閣圍門.jpg
東閣圍内.jpg
東閣圍家門.jpg
道端の祠_1.jpg
道端の祠_2.jpg
永寧圍門神祀.jpg
新圍壁.jpg

いや、良いところでした、華南。
こんな出張なら歓迎だけど、もう無いだろうな。

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南の時間はゆったりと(上) "無断転載"
2003/11/10

少々時間が経ってしまいましたが、中国華南地方へ行ってきたので ちょいと報告します。

そもそも行ったのは仕事なんだけど、まぁ役得出張ですな。
仕事の内容は専門外のことで ちょっとナンだったけど、初めての場所へ会社の金で行けるんだから旅行好きの私にとっては有り難いことで、その上そっち出身の気の合う同行者がいたんだから これを役得と言わずに なんと言おうかってとこです。

さて華南地方が どこからどこまでを指すか正確には知りませんが、今回行ったのは深センに東莞、広州、そして香港です。

同じ中国とは言え行き慣れた会社のあるところから1000km以上離れている所なので文化は全く違います。
初めて中国に行った頃は、のんびりだなぁとも感じたもんですが、こっちの方が更にのんびりとしているようです。

日本でも名は通っている「飲茶」は こっちの文化。
お茶を飲みながら何時間も友人と語らう。(「静かに」ではないところが いかにも中国風)
こんな習慣があるのは、古くから文化が発達していた証拠。
現代の文化は こんなのんびりしたことは尊ばないからね。

そんなのんびりとした文化圏だから時間の流れも必然的にゆったり。
街の風景にも当然その時間の速度が反映されてて良い感じです。
車は沢山走ってるけどね。
どんな雰囲気かって言葉で表すのは難しいな。
写真の枚数で誤魔化そう。(迷惑)

広州_飲茶.jpg
広州_大通り.jpg
広州_路上販売.jpg
広州_ベンチの有る通り.jpg
広州_路地裏.jpg
広州_街路樹.jpg
広州_塔の見える通り.jpg
広州_脇道.jpg

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孔子だったかな? "無断転載"
2003/10/25

今年も宮城へ さんまを食べに行ってきました。

例年よりも、さんまの南下が1ヶ月早いというのに、
キャンプは3週間くらい遅かったので ちょっと不安でしたが、
無事 美味しい さんまにありつけました。

でも天気には すっかり嫌われてしまい、雨に風にと大変でした。
タープ下は水びたし、テントも浸水、カメラも水没、と えらい目に遭いました。

そんな中 500kmもの遠方から、現地に駆け付けてくれた人がいました。

友の遠方より来たるあり、また楽しからずや。(反語)

昔、習った古文を思い出しました。

[ 刺身なめろう.jpg / 焼き.jpg / 秋刀魚雨上がり.jpg / 秋刀魚夕焼け.jpg ]

再見! 漁夫


土曜日の午後。田園都市線。
2003/2/7

目の前に座っている中学生の女の子。暗記カードを握ったまま眠ってる。
開いているカードに書かれた単語は、

『 かたはらいたし 』

でした。


四国にて寝床の考察を深めたること その3 "無断転載"
2003/2/2

四国列車旅6日目。
この日は松山市に留まって市内観光です。
段々寝床が無茶になってきましたが、ここで方向転換を迫られます。
連日の睡眠不足に私がダウンしちゃいました。
道後温泉で完全にのぼせちゃって、危うく有られもない姿でひっくり返るところでした。

そんな訳で、一度まともに眠らせて、ってむげん氏にお願いして、24時間営業の健康ランド(入浴施設や休憩所、食堂などがある施設)で一泊させてもらいました。
この旅で唯一、寝るために金を払いました。

人が居る居る。
家族連れや学生連中などがいっぱい。
休憩所から溢れてる。
皆こういうところを利用して旅してるんだね。

ようやく人並みのところで寝れることになったのですが、むげん氏は返って寝不足に。
凄まじいいびきの人(私ではないらしい)がいて寝付けなかったらしい。

用意周到に耳栓を持っていた私は安眠。
最近の耳栓は性能が良いです。

[松山2_健康ランド.jpg]

7日目は少し北の北条市で過ごして、夜松山に戻って京都行きの夜行列車に。
寝台列車じゃないから本来は寝心地は良くないはずだけど、今までの寝床と比べたら天国でした。

[夜行列車.jpg]

そして8日目の夜、無事前橋に帰りました。


しかし列車って何であんなに眠くなるんですかね?
これが寝不足だったら尚更。
一度寝始めてしまうと、車窓を楽しもう、という意識は何処へやら。
すっかり寝の体勢に入っちゃって・・・
全く寝なかった路線っていくつあったのだろうか?

[その他の寝床.jpg]

まぁそんなわけで寝床に苦労させられた旅でした。
列車旅といえば駅で寝袋って感じがするけど(?)駅って意外と寝るのに適してないね。
夜は閉めちゃうところも多いみたい。
それがわかるのって終電の後だから夜中なんだよね。
結局閉められちゃったときは、それから寝床を探すわけだから、どうしても寝るのが遅くなっちゃう。
それなら始めから違うところで寝床を探した方がいいね。

それと痛感したのが都市って寝袋で寝ることを全く考慮してないね。
すごく寝難い。山の方がずっと楽。
その為の場所が用意されていることすらあるし。
普段の旅は寝床と共に行動しているようなもんだから気付かなかった。
車の有難味を再認識しました。
旅から帰ったら洗車しようって思ったね、マジで。
でも帰ってみたら前橋は雪。
洗車は来週にしよう・・・
(結局3週間後にようやく洗車機にかけました)

再見! 漁夫


四国にて寝床の考察を深めたること その2 "無断転載"
2003/1/21

四国列車旅3日目。
この日は四国の東縁を走るローカル線の旅でした。
いったん高知まで南下して、海に行ったり温泉に入ったり。

夜は徳島市まで戻って一泊。
徳島駅もショッピングセンターが一緒になっていて、地下一階、地上5階くらいの駅ビル。
寝る所はいくらでも有るな、と安心していたんだけどダメでした。
この駅は夜、入り口に鍵をかけます。
夜中1時頃に閉め出されてしまいました。

幸い、近くの公園に蒸気機関車が展示してあり、駅舎を模した建物がありました。
壁は2方向しかないが屋根もあるし、何よりこの旅の寝床として相応しい(?)ってことで、この日はここで一泊。

しかし公園の朝は早い。
まだ真っ暗だというのに5時くらいには散歩する方々の往来が始まってしまうのです。
そういう人達はSLなんか見に来ないから気付かれなかったとは思うけど。

[徳島.jpg]

さて、この日は四国中央部を南下して高知市へ。
高知駅はいくつか食堂や売店が入っているのみの一階建て。
この駅も夜は待合所付近はシャッターを下ろしてしまいます。
駅全体は閉めないんだけど、空きすぎ。
入り口側は扉はおろか壁がないし、改札側も大きく空いているし、天井は高し、寒くて。
終電終わっても何故か人が多いし。
そんなわけで、また夜中の1時頃になって寝床探しに出かけたのでした。

そしてこの日の寝床にしたのは、住宅地の中にある公園の遊戯施設の中でした。
今回の旅で、この夜が一番辛かった。
意外と風が入ってきて寒いんですよ、この中。
何より、常に人の気配があって落ち着かない。
中には覗きに来た奴までいたらしいし。
そんな状況で平気で寝てられるほど神経が太くないです。
まだ暗い内に荷物を畳んで駅に向かいました。

[高知.jpg]

5日目のこの日は宇和島を経由して愛媛県松山市へ。
松山駅も高知駅と状況は同じでした・・・
結局夜中に追い出されて寝床を探すことに。

この夜に見付けた寝床は地下道。
広い車道を渡るための地下歩道と、駐輪所が一緒になった広い地下道がありました。(駐輪所にはシャッターが降りてる)
でも寝やすい所は既に地元のホームレスの方々に押さえられていました。
駐輪所のシャッター前だけど比較的人目に付きにくいところが有ったので、そこに陣取りました。

ホームレスの方々と同じ屋根(?)の下で一晩過ごすのは初めての経験です。
そういえばここで2003年の元旦を迎えたんですね。
思い出深いなぁ。

[松山1泊目.jpg]

実は寝袋生活はここまで。
この後、2晩は世間様並の寝床で寝ることになります。
本当は今回が一番ひどい寝床なので、この話を落ちとしたかったところですが、仕方がないですね。

では続きは「その3」で。

再見! 漁夫


四国にて寝床の考察を深めたること "無断転載"
2003/1/16

年末年始の休みに四国へ行ってきました。
久しぶりに旅行記風に書いてみます。


今回は友人(仮に「むげん氏」としておきます)の誘いで列車旅でした。
時刻表から発車時刻や到着時刻はもちろん、待ち時間に乗車賃や移動距離まで調べてくれて、そのうえ計画表まで作ってくれました。
(完全に予定通りの列車に乗ったのは1日だけだったけど)
マメな友人がいるとありがたいです。

しかし、この計画表には宿泊先が書いてなかったのです。


出発は27日の夜。
20:30に前橋駅で落ち合いました。
私の荷物は、何という名だろう? 袈裟懸けに背負う帆布のバッグ(何となく旅人の袋のイメージでお気に入り)とショルダーバッグ。
むげん氏はマットをくくり付けた登山用の大きなリュック。
まるっきり登山者なんだけど、四国にはそんな荷物を持ったお遍路さんが闊歩しているので違和感はないんですね。

[バックパック.jpg]

この日は電車での移動だけ。
乗り換えの時間もたっぷりあるし楽勝って感じで、乗るなり銀河高原で祝杯。
品川で甘さを思い知らされるとも知らずに・・・

予定では品川23:55発の夜行便で、翌朝5:55には岐阜県大垣に着く筈だったんだけど、30分前にホームに行ってみると電車は既に満員。
座るどころではない。車両に入れない。
通勤ラッシュ以外にもこんなことがあるとは・・・

いきなり移動手段と寝床の当てが無くなってしまいました。

[夜行_満員.jpg]

仕方ないので、終電までに行ける所まで行くことに。
で、行けたのは小田原まで。
全然進んでない・・・

さて今晩の寝床。
小田原駅は終電は遅いし、夜行も通るので始発も早い。
駅員が帰った後も改札を開けっ放しにしてます。
まさに好都合。
この時は駅舎の工事をしてて、その囲いと柱でちょうどいい空間が有りまして、そこで一泊と相成りました。

[小田原.jpg]

翌朝5時に起きてホームで電車を待っていると、昨夜乗りそびれた夜行列車のホームでも見掛けた人達が・・・
皆はどうやって夜を過ごしたのだろうか?

この日は電車をひたすら乗り継いで四国を目指す。
四国に入ったのはすっかり日も暮れた19時頃。
計画から5時間近くの遅れ。
香川観光が出来なくなりました。

高松駅はすごく新しくて綺麗な駅でした。
駅自体は1階だけだけど、売店やレストラン、NHKなんたらセンターの入った3階建ての建物と一緒になっています。
夜、店はもちろんしまっちゃうし、駅員もいなくなっちゃうけど入り口は鍵を閉めません。
待合所のベンチにはあからさまにここで夜を明かす気満々の方々が沢山いました。

建家を探索すると、屋上に出るためと思われる階段がありました。
ここが今晩の寝床。
踊り場を占拠して寝ることにしました。
暖かい空気は上へ溜まりますからね。
快適でした。

[高松.jpg/高松St外観.jpg]


さて旅はまだ序盤ですが、添付写真が増えて来ましたので、とりあえずここで区切りましょう。

再見! 漁夫


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